4日、ドッグ入り中のゲブンデンクラヴィコードのご機嫌伺い。そう言えばこの楽器の明細を公開するのを忘れていた事に気付き慌ててアップした次第。製作家自身の楽器明細を読み返してみると重量約11.5kgとあり百グラム単位まで出しながら約と付いており高橋辰郎氏の性格が出てますね。私なら12kgで済ますところですが・・・。
都心移動中久々に大ターミナル駅前の御贔屓の長崎ちゃんぽんのお店でランチ。御江戸で数少ない本場長崎風の本寸法のチャンポン・皿うどんを出すお店と言われるだけあって固麺と柔麺の合盛皿うどんが絶品。
数カ月休養していた初期フレンチ1段のご機嫌伺い。やはり冬眠中の湿度変化の影響が音色タッチに出ていると判り総分解してご機嫌取り。僅かな変化でも随分音色変わるもんです。
28日、260cm170kgと巨漢な独逸製16fチェンバロの運送用台製作中。過去例の無い重量サイズなので設計から試行錯誤の連続で悪戦苦闘。
午後は関西で長年古楽界に携わる先輩のお宅を訪問し聞き取り調査。ポジティフオルガンやオープンリールデッキまで自作するという驚異の才能お持ちの方なだけに話されるジャンルの多彩さに感嘆!秘蔵されている昔の古楽界の録音テープを少し拝聴するもお宝演奏多くこちらにも悶絶! 羨ましいハッピーリタイアライフでありました。
毎年GW恒例の有楽町熱狂音楽祭、最近古楽系公演少ないなあとぼやいてましたが今年は仏蘭西から活きの良い古楽グループが複数参加するとの噂を入手。連日公演ある様で乞うご期待!
27日、新たに入手した独逸製16fチェンバロ、長さ260cm重量170kgという巨体だけに運送が大問題。過去皆さんこのサイズはピアノ運送業者に依頼していた様ながら私はナントカ自分で運びたいと色々画策中。今日はその運送道具を作成するため材料集めの1日。手頃な長い材木が見当たらずホームセンターをはしごする羽目に。
徘徊中スタジオ近くの下町商店街の外れにある隠れ家洋食屋でランチ。かなり辺鄙な場所ながら大将の腕は確かで名物のビフカツも絶品。洋食激戦区の中でも穴場の老舗。近くのコインPも食事で駐車してたった50円、流石下町は安い!
巨大チェンバロ運送道具の整備の一環で新調した台車も再調整。振動防止の為エアタイヤにするも空気圧下がり過ぎで問題有り。当初自転車屋でエア入れようとするも上手く入らず、今日は車のタイヤ屋でお願いするとアッと言う間にエア補充してもらえ助かった!これで170kgの巨漢も1人で運べるのでは・・・。
17日、阪神大震災から早31年。あの時神戸の自宅で被災した身としては今だ震災の記憶は鮮明です。当時の事を少し思い返してみますと、早朝突然の大揺れの直後自宅の家具は殆ど倒れ物が散乱してしまい、しばらく住める状態では無かったので約1週間は道路で車中泊。楽器運搬車が無事だったのが幸いでした。楽器を保管していた工房(2階建ての古い木造一軒家)は2階ベランダが崩れ落ち外に面する1階の部屋も瓦礫の山と化しており、チェンバロを置いていた奥の部屋は剥き出しとなっており建物全壊という惨状、鳥の羽フレンチは瓦礫の下敷きになっており地震直後は押し潰されているのでもう諦めるしかないと思った次第。数日後に僅かな望みを託してご近所の方の応援の元瓦礫を掘り起こしてみると、常日頃楽器に布団を沢山掛けていたのと崩れた柱の隙間に上手く挟まったお陰で楽器は無事と判り写真の梯子を使って無理矢理チェンバロを運び出せた次第。オルガンを置いていた部屋は2階の瓦礫の下敷きになっていたのですが幸いその日は別の場所で保管していたので無事でした。もう1台演奏家に預けていたチェンバロも脚がもげただけで何とか無事、ただグランドピアノは預けていたビルが全壊したので破棄せざるを得なかったですね。電気水道ガス電話すべて切断されたまま自宅前での車中泊生活をしばらく続けてましたが電話がつながると次々と東京から安否確認の連絡入る様になり皆さんの厚意が実にありがたかったです。中でも製作家の堀栄蔵氏から「車駄目になったのならウチの車1台渡しても良いぞ」と温かいお声を掛けて頂いたのが忘れ難い思い出でした。幸い車もチェンバロもオルガンも残ったのでコンサート仕事は継続出来、直後に思い切って東京に拠点を作る事になり結果的にはこの大震災をきっかけに今も続く東西2拠点体制が始まった事になります。31年前のこの日が人生の大きな転換点となったのは確か、改めて当時の混乱続きの日々を思い出した次第。
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