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2026年1月17日 (土)

あれから早31年

Photo_2026011711510117日、阪神大震災から早31年。あの時神戸の自宅で被災した身としては今だ震災の記憶は鮮明です。当時の事を少し思い返してみますと、早朝突然の大揺れの直後自宅の家具は殆ど倒れ物が散乱してしまい、しばらく住める状態では無かったので約1週間は道路で車中泊。楽器運搬車が無事だったのが幸いでした。楽器を保管していた工房(2階建ての古い木造一軒家)は2階ベランダが崩れ落ち外に面する1階の部屋も瓦礫の山と化しており、チェンバロを置いていた奥の部屋は剥き出しとなっており建物全壊という惨状、鳥の羽フレンチは瓦礫の下敷きになっており地震直後は押し潰されているのでもう諦めるしかないと思った次第。数日後に僅かな望みを託してご近所の方の応援の元瓦礫を掘り起こしてみると、常日頃楽器に布団を沢山掛けていたのと崩れた柱の隙間に上手く挟まったお陰で楽器は無事と判り写真の梯子を使って無理矢理チェンバロを運び出せた次第。オルガンを置いていた部屋は2階の瓦礫の下敷きになっていたのですが幸いその日は別の場所で保管していたので無事でした。もう1台演奏家に預けていたチェンバロも脚がもげただけで何とか無事、ただグランドピアノは預けていたビルが全壊したので破棄せざるを得なかったですね。電気水道ガス電話すべて切断されたまま自宅前での車中泊生活をしばらく続けてましたが電話がつながると次々と東京から安否確認の連絡入る様になり皆さんの厚意が実にありがたかったです。中でも製作家の堀栄蔵氏から「車駄目になったのならウチの車1台渡しても良いぞ」と温かいお声を掛けて頂いたのが忘れ難い思い出でした。幸い車もチェンバロもオルガンも残ったのでコンサート仕事は継続出来、直後に思い切って東京に拠点を作る事になり結果的にはこの大震災をきっかけに今も続く東西2拠点体制が始まった事になります。31年前のこの日が人生の大きな転換点となったのは確か、改めて当時の混乱続きの日々を思い出した次第。

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