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27日、昨日からお邪魔している蔵王の山中にあるCem工房、泊めて頂いた部屋の寝床から幻想的な朝明けの景色が見え何とも贅沢!日頃都会の殺伐とした中にいる者にとってはゆったりとした自然に囲まれているだけで五感の鋭さが蘇る感じですね。正に命の洗濯でありました。
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しかし工房には不思議な物が沢山ありますね。懐かしい赤い郵便ポストが玄関にあるのも謎でありました(昭和20年代のポストだとか、しかしどうやって入手出来るのか?)
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帰りは山を下りて阿武隈川河口近くに寄り道し地元名物「ハラコ飯」でランチ。鮭の煮汁で炊いた御飯に切り身の鮭といくらを乗せた丼は中々美味。海まで来たのでと帰路はいつもの東北道では無く3月に全線開通したばかりの常磐道を利用。
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常磐道を宮城県から南下すると当然あのフクイチ周辺を通過する事になるのですが途中各所に測定値の表示板があるだけで特別な警戒も無く意外にアッサリした雰囲気。ただ一部では表記されている数値がやはり相当高いモノではありましたが・・・。
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一目散に警戒区域を駆け抜けお馴染みいわきに入ったところでPAで休憩、3時のオヤツにと豪快な穴子天。雲丹で有名だった漁港街のお店だけに魚系のメニューの豊富さにはビックリでした。
25日、札幌でチェンバロお届けの日ながら六十数年振りという季節外れの大雪のため街は早朝から大混乱。私は恒例の場外市場で朝飯をと出撃するも余りの雪で車で近付けず涙を飲んで退散。午前中チェンバロお届け作業も先ず車がお宅まで近づくので大騒動。やっと前に停めても今度はチェンバロを建物の中に入れるのにひと苦労。大雪をかき分け何とか搬入終えホッ。雪で立ち往生しないうちにとすべての予定をキャンセルして一目散にフェリー港に戻るも今度は高速が事故で通行止め、仕方なく一般道で帰るも坂道で立ち往生多数、いや雪道の怖さを思い知った次第。

折角美味しいもの溢れる札幌で何も食べずに退散するも苫小牧の港までくると雪は多少収まり漁港食堂で豪華な海鮮丼(安い!)を頂く事が出来ヤレヤレ。
24日、先週に続き海外へ脱出、今回は優雅に太平洋クルーズで丸一日ノンビリ船旅なので盛大に本が読めると楽しみにしているも波高く盛大に船酔いでずっとダウン(涙)。また乗った船が長距離フェリーなのにレストラン無しで3食自動販売機で食事してね!という凄いサービス、しかし船酔いで食欲なく利用も出来ず仕舞いでありました。
北の大地に到着してみると一面銀世界で仰天。気温も下がり道はツルツルの状態でいやタイヤ滑る滑る・・・(雪タイヤに交換したばかりなのに)。雪道発進のコツをすっかり忘れてましたね。こわごわ雪道を2時間近く走りやっと目的地に到着。地元の方に聞くとこの冬一番の雪だったそうな。
らーめん激戦区でもある街に来たのでと人気店に珍しく行列並んで訪問。エビ風味と言う独特の味付けのスープ中々上品で美味、1日ほぼ絶食だったので余計に旨く感じたのかも。
23日、軍港街のホールでのオールバッハプログラム(今日はオトーチャンの方でした)の公演にジャーマンチェンバロで出動。連休最終日に三浦半島方面に向かうとなれば早朝から大渋滞かと早出するもアッと言う間に到着してしまい(首都高新トンネル出来てから本当に便利になったものです)時間調整で恒例の軍艦見学。
今日の会場は昔録音で来た際に異常乾燥で苦労した憶え有るものの今日は湿度温度共に完璧な環境でチェンバロの御機嫌最後まで麗しく大助かり(休憩時の手直しほぼ要らなかった程)。暖冬のお陰でしょうかね。いつも配置で頭を悩ますブランデン5番も素晴らしいバランスで聴く事が出来てホッ。
ホール周辺は米軍相手のお店が多いエリアながらすぐご近所に昭和の香り漂う「渋過ぎる(?)」居酒屋兼定食屋を見つけ牛筋定食なる庶民的なメニューを注文。昼ながら周辺の皆さんもう1杯ひっかけ御機嫌な様子、次回は是非呑みに来たいお店でありました。これでまたホールに来る楽しみが増えたかも・・・。
21日、上野の老舗ホールでのオールCPEバッハの公演にフォルテピアノで出動。クラヴィアコンチェルト(今日はチェンバロでは無くすべてフォルテピアノで演奏)を始めVn、Ob、Vgが主役の曲など多彩な編成、去年のメモリアルイヤーでも余りお見かけしなかった意欲的なプログラムですね。これでジルバーマンのピアノがあれば言う事無しなのですが・・・。
こちらのホール周辺は庶民的なお店が多く食事が何よりも楽しみ。今日は昼本番との事で急いで食べれる処を捜すも連休でどこも大混雑、仕方なく駅中のプラットホームの立食蕎麦へ(何軒もあるのですね、しかし値段高くなったものです)。終演後はゆっくり食べたいと街外れまで足を伸ばしこれまた庶民的な下町洋食屋で季節のカキフライ定食(こちらは安くて美味でした)。
18日、楽器積込みで荒川右岸の古洋琴工房を訪問すると製作中の大型イタリアンチェンバロが完成間近との事で早速拝見。スカルラッティ音域で中々豪快に鳴る楽器に仕上がっており外装の完成が楽しみであります。
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夜はお馴染みの洋館でのクラヴィコードコンサート&講習会。今回楽器提供頂いた日本のクラヴィコード製作では先駆者でもあるT氏の最新作は、各音域の音量バランスが抜群でクリアでリッチな音色と反応素早い鍵盤タッチも素晴らしく受講生の皆さんに大好評でありました。国産クラヴィコードのレベルの高さを再認識した次第。
16日、朝から楽器運搬で神戸の街を走るも歩道に人が溢れる異様な雰囲気、昨日に続き厳戒令?と身構えるも今日は電車連続事故でJRから私鉄に乗り換えようとする人が主要駅に殺到してしまい身動き取れず、仕方なく隣の駅まで皆さん歩いて移動していたようですね。昼から某博物館を訪問し日本古楽史の資料の発掘作業。今日の収穫は日本で最初のチェンバロ入りコンサート、日本で最初のチェンバロ主役のコンサート、日本で最初のチェンバロリサイタルというどれも日本チェンバロ史にとって画期的なコンサートの貴重なオリジナル資料を拝見出来た事。その成果はこちらのイベントで発表の予定ですので乞うご期待!夕方東へ移動するも今日から高速集中工事でしたね。案の定途中で大渋滞で疲労困憊・・・。深夜帰京。
今回のイベントは、今や世界に誇るチェンバロ大国となった日本が、実は遥か90年前の昭和初期からチェンバロ大好き国民だったというちょっと驚くような事実を当時のレコードと貴重な文献資料で解説いたします。昭和初期にチェンバロの演奏がレコードで聴けるようになるとすぐにその魅力に熱狂し、レコード鑑賞では物足りずとうとう遥か彼方仏蘭西は巴里のランドフスカ女史のコンサートやレッスン会場にまで押し掛けたという当時の日本人のチェンバロ好きの様子を私が苦労して蒐集しました様々な文献資料でご紹介いたします。
また驚く事に昭和初期にもうオリジナルチェンバロを含む歴史的楽器の演奏がレコードで多数日本に届いており古楽器復興運動の最先端に当時の人々は高い関心を持っていたようですね。20世紀後半の世界的な古楽ブームの中での日本人の活躍のルーツはここから生まれて来たのかもしれません。チェンバロ関係者としては是非知っておきたい情報満載のレコードコンサートであります。
12日、所要で向かった街(西のスタジオのお隣の街なのですが)にはこんな物が・・・(足元で同じポースを取る人の小さい事!)。商店街には鉄人だけでなく三国志の登場人物が溢れており震災以来失われてしまった活気を取り戻そうと色々仕掛けておられますね。昔は本当に賑やかな街だったのですが。
この街の名物と言えばお好み焼!同業者が乱立する中で地元で評判のお店を初訪問。人気店だけにその丁寧な焼き方に感嘆、何度も裏返し実にマメに焼き上がり具合をチェックされていただけに完璧な仕上がりで大満足(勿論関西なのでコテで食べました)。
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スタジオではドッグ入り中のチェンバロの調整がやっと終了。ピッチも調律を繰り返す事でやっと安定、冬眠中だった楽器も徐々に鳴りが復活してきたようで一安心。
11日、今日から西のスタジオに移り2段フレンチの調整作業(もう瞬間移動の秘術を会得出来たのかも・・・(笑))。こちらは御近所に古寺やビーチなど観光名所多数あり散策が楽しいのがアリガタイ。今日も作業の合間にお隣の古寺を訪問するもこちらは紅葉の見頃はまだ先のようですね。
昨日に続き今日のお相手のチェンバロも半音どころか全音近くピッチ下がっており調律を戻すだけで四苦八苦・・・。3列の弦を慎重にピッチ上げするもやはり数本急激な変化に耐えれずプチっと断弦発生。このプチっという突然の断弦が調律師にとっては寿命を縮める怖い感触なのですよ。半日掛かりでやっとピッチ上げ終了、メカニック調整するもピッチ上げと共に楽器も変化するので調整落ち着くまで時間掛かりますね。
8日、西の洋館での地元グループによるBach公演本番。18世紀に作曲されたBach作品を19世紀建築の建物で20世紀に作られた楽器を使い21世紀に演奏するという4世紀を跨ぐ歴史な重みを存分に感じるコンサート、元銀行跡という贅沢な内装の広い空間の音響が極上で熱意溢れる演奏により輝きを与えていたようですね。やはり歴史的建造物での演奏の魅力を再確認した次第。
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今回私はオルガンと1段ジャーマンチェンバロを提供。先月約3週間日欧の名手に弾かれ続けていたオルガンが絶好調なのは当然ながら長期休養中だったチェンバロの豪快な鳴りには少々ビックリでありました。会場の響きに反応していきなり目が覚めたのかも・・・。
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しかしここは元大手銀行だけあって客席横に巨大金庫の跡が・・・。その堅牢な鍵の構造を見ているだけでも楽しいものです。終演後西のスタジオに楽器を戻し再び東へ移動。
7日、まずは西のスタジオにドッグ入り中のフレンチ2段の調整から。長期間弾かれていなかったとの事で楽器はまるで冬眠状態ながら各部を色々調整して刺激を加えて行くと徐々に音色が目覚めてくるのが判りこれまた楽しい一時であります。
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午後からリハーサルに参加のため神戸の街外れ(?)の会場へ。楽器搬入前に御近所で噂の路地奥の讃岐饂飩のお店を初訪問。週末という事もあり御近所の勤め人の姿も少なくランチタイムながらすぐに座れたのはラッキー(東京では行列必至でしょうね)。プリプリと歯応え有る腰強麺が素晴らしい!
今日は明日本番という地元老舗グループのBach公演の前日リハ。会場は2年振りとなる百年以上経つ元銀行跡という歴史的洋館。チェンバロとオルガンの二台を提供するもいつもはオケの分厚い音にかき消され気味の二台どちらも音が後ろまでよく通りアリガタシ。やはり歴史的洋館で聴く古楽器の音色は極上ですね。
6日、早朝御江戸を出発し西へ移動。途中寄り道のため珍しく旧東名高速を利用(久々に使いましたね)。道は曲がりくねっており新東名に比べると走り難いもののPAから見る富士山の景色は旧の方に軍配上がりますね。
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最初の寄り道先は遠州の楽器の街へ。高速出口にはお馴染みの(?)グランドピアノを弾くピアニストがビルの屋上でお出迎え・・・(よくこんな物作ったもんです)。
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日本が誇る楽器博物館を久々に訪問。今日の目的はちょっと珍しい企画展。昭和初期に邦楽と洋楽の融合を目指したユニークな音楽家、そして大財閥の長として日本の芸術界に多大な貢献をした偉才の方の特集なのですが、実はこの御仁、どうやら日本で最初にチェンバロとクラヴィコードを購入した方でもあるのです(先日偶然その証拠を入手し現在私が研究中です)。もし事実とすれば日本古楽界の大恩人でもあるのですが・・・。
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勿論常設展示もしっかりと見学。オリジナルのチェンバロやフォルテピアノを至近距離で拝見出来るのは何度来ても勉強になりますね。技術者にとって色々なヒントが転がっております。しかしこちらの看板楽器でもあるブランシェのチェンバロが最近はフタを閉めたままというのは何とも残念。
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実は一番羨ましいのはひっそりと壁に展示しているこの歴史的な調律ハンマーのコレクション。日本に来る前にロンドンのさる処でこれらのコレクションを見た際は「ひとつでも売って!」と叫んだのですが当然却下・・・、年月を経てこちらで再会した次第。今でも欲しいなあ。
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寄り道2つ目は某個人宅の2台のチェンバロの御機嫌伺い。同じ製作家の楽器ながらフレンチとジャーマンの個性がしっかり出ているのが素晴らしい!
3日、久々に西のスタジオに籠りチェンバロ2台の御機嫌伺いの1日。まずは仕事前にのんびりご近所の海岸を散策。夏は海水浴客で賑わうビーチも釣り人の多い事!(今日は祭日だ)秋晴れで絶好の釣り日和でしたね。一体どんな魚が釣れるのでしょうか(食べれるのか?)
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チェンバロのお相手まずは出動直前の1段ジャーマンの御機嫌伺い。久々に弾いてみるともっと良くなるのでは・・・とのアイデアが次々に湧いて来てしまい各所をいじり出すと止まらなくなり(汗)結局大きな改造となってしまった次第。タッチ音色激変のジャーマンチェンバロ、次の出番での鳴りっぷり楽しみであります。
昼休みにはスタジオご近所で以前より気になっていた和風ごはん屋を初訪問。美味しい御飯を食べてもらいたいと地元の米の名産地を訪ね歩きやっと見つけた拘りの農家産の御飯を出す姿勢が何しろ素晴らしい!おかずも美味、御贔屓になりそうなお店発見でした。
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午後は昨日厳しい5階階段降ろしの末ドッグ入りしたMade in KOBEの2段フレンチがお相手。早速総分解し内部をチェック、年月の割には中々堅牢な作りのお陰で比較的御機嫌良くひと安心でありました。
1日、2つのツァーが終了しお勤め終えたイタリアンチェンバロ2台を持って西のスタジオへ帰還。早速楽器を広げ内部チェック、伊国の若手♀奏者(マルコン氏お勧めだけあって中々達者な演奏でしたね)とベルギー&日本の実力派コンビに存分に弾き込まれた2台のイタリアンどちらも芳醇で豪快な鳴りで超御機嫌良し、その残り香を味わえるのが調律師の役得ですね。2台共ピッチ調律法とも変更するも1台は何とも原始的な(?)鍵盤移動の方式で中々面倒・・・(この楽器が作られた約60年前にはまだ鍵盤移動の発想が無かったのでしょうね)。
2台のイタリアンの後始末を終え次は出番待ちの1段ジャーマンのチェックへ。日頃余り出番無いベンチウォーマー的な楽器陣が最近一斉に出動しておりますね。この1段ももっと使ってやらなくては・・・。
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