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30日、久々にポジティフオルガンがお相手の1日。昨日お伺いしたお客様より無料の高性能のスマホ用チューナーアプリがありますよと伺い早速インストールしテスト。メーターも見易く古典調律も充実の中々スグレモノでした(操作が英語のみというのがちょっと残念)。実は無料版は広告が強制的に表示されるとの事で私は202円の有料版を選択。しかしこれ程使えるチューナーが無料とは・・・。ピーターソンのグルグルチューナー(ご存じの方には懐かしいでしょ)を何十万円も出して買っていた頃からは考えられない時代になったもんです。
業界筋では大人気のこちらのチューナーアプリ(こちらは350円)。少しづつ使ってますがメインになる程使いこなせておらずまだまだお試し期間です。時々エアコンなどの持続重低音が聞えてしまうとそちらに反応してしまい機能しなくなる事があるのでは?
29日、まずは次のコンサートで使うチェンバロの出陣準備。首都圏有数の乾燥激しい会場なのでウチ一番のタフな楽器を用意しウィーンフィルでも大丈夫というハイピッチを仕込んで準備万端(舞台の強烈な乾燥ですぐにNYフィルのピッチにまで下がってしまうのでしょうが・・・)。午後チェンバロトラブルのSOSを頂いたお客様のお宅に出動するとやはり原因は今冬の強烈な乾燥。小さな加湿器を使用されてましたが如何せんパワー不足でチェンバロも部屋のドライな環境につむじを曲げていた様子。修理を終えて最後調律をしていると最高音の辺りでいきなり近くからユニゾンで音が聴こえてきた・・・。なんとお宅の可愛いワンちゃんがチェンバロと同じピッチで歌ってくれたのにはビックリ。そう言えば東のスタジオのお隣のワンちゃんもフォルテピアノの高音を調律していると必ず一緒に鳴いてますね。
20日、まだまだ続く古洋琴探訪旅、今日はさるお宅の6オクターブの復元フォルテピアノを拝見。凝った化粧板を贅沢に使った外装や安定したメカニック、粒揃いの音色など素晴らしく、前日にオリジナルピアノの気難しさに散々振り回されただけに復元楽器の扱い易さに感心した次第。(日頃弾くならやはりこっちかな・・・)
午後はスタジオに戻り新加入の阿蘭陀製チェンバロの御機嫌伺い。欧州仕様の重め(硬め)のタッチから日本人向けの軽めのタッチに調整し直すも、音量は落ちるどころかタッチは軽いものの張りのある音色を引き出す事に成功。しばらく弾き込んで張りたての弦が落ち着く頃にはさらに豊かな鳴りに成長する事でしょう。乞うご期待!
17日、朝からご近所の洋館にピアノ調律で出動。前庭はまだ銀世界のまま、このまま寒さ続くと一体いつ融けるんでしょうね。今日は各地の19世紀ピアノ愛好家が集まり楽器探訪の1日。
まずは皆で私の調律した独逸製のユニークな小型ピアノを拝見。この楽器、ピアノとチェンバロの音色両方を出せるというスグレモノ、単弦ながら中々表現力豊かな音色が素晴らしい。
午後は埼玉まで足を伸ばし修復終えたばかりの19世紀半ばの仏蘭西製縦型ピアノを拝見。こちらも150歳と思えないような張りのある音色と敏感なタッチ、豪華な外装が素晴らしい。このピアノにご興味ある方はこちらをご覧ください。その後も19世紀のショパン時代の仏蘭西ピアノや維納ピアノなどを拝見、現代ピアノでは醸し出せないようなオリジナル楽器の音色の魅力を堪能。
1995年1月17日の阪神淡路大震災から早18年。壊滅的な被害を被った神戸の中心街も、もう震災の爪跡を捜すのは苦労するぐらい見事に復興しておりますが、新しく構えた西のスタジオ近くの須磨周辺はまだまだ倒壊した家屋の跡が生々しく残っております。神戸の人間にとっては震災は遠い昔のようでまだついこの間という感触ではないでしょうか。ウチには大きな地震など来ないと思っていたところに突然の震度7、官民揃って震災への備えは想定しておらず大規模な家屋倒壊、広範囲の火事、交通遮断による支援からの孤立など様々な混乱が起こってしまい6千人を超える犠牲者が出る大災害となってしまいました。そして一昨年の東日本大震災では広範囲の地震、津波、放射能汚染で大規模で複合的な被害が発生するという想像もしなかったような事が起こってしまい、地震国日本に住む我々は果たして過去の震災の教訓を充分生かしていただろうかと改めて思ってしまいました。いつ起こるともしれない大災害、これからも日本各地で予想される地震や火山爆発、それにまだ全く先が見えない様子の福島の原発事故など想定すべき災害は沢山過ぎる程あるようです。事前に最悪の場合をも含めた具体的な対応策をもっと考えていかなければならない時期に来ているのではと思う次第。18年前に神戸で震災に遭遇した身としては引き続き経験を語り警鐘を鳴らす事位しか出来ませんが多くの方にこの事へ関心を持って頂きたいと思っております。
18年前の震災の犠牲者の方々のご冥福をお祈りしております。
16日、まだあちこちに雪が残る中チェンバロを運送。雪上では台車はめり込むし足は踏ん張れないし怖い怖い・・・。高速道路がまだ一部通行止のせいかどこも渋滞激しく移動も大変。昨日到着した新入りチェンバロ、外装を塗り替えたばかりなのでまだ匂いが凄く慌ててスタジオで空気清浄機フル回転。塗装充分乾いてから日本に送ってくれれば良かったのですが・・・(仕方なく清浄機もう1台購入する羽目に)。夜は仏蘭西ピアノ愛好家のお仲間と情報交換会。いつもは満席必至の人気中華料理屋に入るも店内はガラガラで貸し切り状態(雪のせい?)、お陰でコース料理の出るのが早い事(笑)。いつもなら空き待ちのお客が並びあまり腰を据えるのがはばかれるのに今日は4時間も粘っても気にならず存分にピアノ談義。
15日、昨日の大雪で今朝も辺り一帯銀世界のまま。スタジオ周辺は交通量少なく夜中に雪が凍ってしまい雪タイヤでも結構滑って危なかった・・・。今日は2台のチェンバロの運送で都心へ出動。
都心でも昨夜の雪凄かったのでしょう。神保町のあたりでは車道には雪無くなってましたが歩道にはまだまだ残雪多く雪ダルマの他にカマクラまで・・・。
去年オランダからゲットした新加入のコンサートレンタル用チェンバロがやっと東京に到着したので引取りに参上。実は先週には成田に到着していたのに連休にぶつかってしまい税関で足止め、今日やっと東京に運んでもらうも今度は雪の影響でいつ着くか判らないとの事で到着が遅れ最後までヤキモキし通しでした。
やっと受け取った木箱から楽器を取りだし、早速スタジオに運び込み晴れて新加入のチェンバロとご対面。早速弾いてみるもコンパクトなボディながら豪快な鳴りっぷり、コンサートでバリバリ活躍しそうなキャラクターは今後が楽しみ!しばらくは調整の日々ですが春からボチボチと出動の予定。
14日、雪の成人式。都心の大学内での室内アンサンブル公演にフレミッシュで出動。朝からの大雪、私は昨日からチェンバロ搬入していたの助かりましたがお客様が会場に辿りつくまで相当苦労されていた様子(交通機関大混乱の中お越しいただいたお客様に感謝!)。今日は連休だっただけに雪のお陰で真っ青になった公演多かったのでは・・・。
無事公演終了し夕方家路に着くも雪の影響が様々。いつもなら連休夕方で大混雑のはずの六本木を通るも人も車も姿少なくガラガラ、逆に目白に近付くと路面電車の荒川線は運休だし平行する新目白通りはノーマルタイヤで恐る恐る進む車で大渋滞(雪タイヤの車でもハンドル取られましたね)。最後路地に入ると積もった雪を掻き分けナントかチェーン巻かずに帰宅。
13日、神奈川県郊外のホールでの「救世主」公演に白フレンチで出動。早朝ホールの前で待機していると同業M社の車が前を通過、アレ?と思っているとナント私が目指す搬入口に停車。まさかダブルブッキング?と心配し若いスタッフに「今日はどんな公演なの?」とお尋ねするも「僕は運送だけで内容知らないんですよ」との事。もしかするとチェンバロはM社で私はオルガンの依頼だったのかも・・・と焦って確認するとナントM社は大ホール、私は小ホールだったと判明。上野文化やオペラシティなら2カ所同時のチェンバロ使用もあるでしょうが郊外のホールで鉢合わせがあるとは思いもせずビックリ・・・。調律に来たM社長とは久々のご対面なので業界裏話を色々(それにしてもお忙しそうでした)。今日は冬の晴天となり案の定舞台は25%と乾燥激しくハードなコンディションになるもタフで鳴らす独逸製のフレンチ、ピッチは下がるどころか一部は上がる程の安定感でホッ(何故かフォルテピアノのような変化なのが不思議なのですが・・・)。
9日、突然の訃報だった芝崎久美子さんのお通夜に参列。皆さんに愛されていた演奏家だっただけに古楽関係者勢揃いの感あり、しかし余りにも早い生涯に皆嘆き悲しむばかり・・・。個人的には参列席でお会いしたさる方に亡くなる直前のご様子を伺えた事がせめてもの救いでした。
しばらくは彼女の素晴らしかった演奏を思い出す日々が続く事でしょう。私の持つ仏壇フレンチをかのカザルスホールでのリサイタルで使って頂いた事が私の東京進出の大きなきっかけでありましたし(その際堀栄蔵氏のイタリアンとの競演でして客席に堀氏の姿が見えただけで大いに緊張したのは良い思い出ですが)、その後も色々なコンサートで我がフレンチを良く弾いていただきました。写真はエンリコ・ガッティ・平尾雅子両氏とのツァーのスナップですね。彼女らしいお辞儀の姿が大好きでずっとパソコンの壁紙の1枚として保存しておりました。
2年前にCD録音でSKOWRONECKのチビイタリアンを弾いていただいたのも良き思い出です。本当にお疲れ様でした。今は安らかにお眠りください。
6日、早朝から西のスタジオに出動、実はお隣の古寺は第一日曜に境内に骨董市が出る事で有名、今日は仕事の合間に趣味の骨董漁りが出来ると期待していたのにいつまで経っても露店が1軒も現れない・・・(早朝から気合入れて待機していたのですが)、聞けば数か月前にやめちゃいましたとの事でガッカリ・・・。
スタジオで新年恒例のチェンバロの出初式。西で保管している楽器陣を順番に状態チェック&調律。まずは1958年作(製造番号9番!)という独逸の名工の伊太利仕様の楽器から開始。鍵盤移動追加という大手術を施した直後だけにまだまだメカも調整も不安定ながらシーズンに向けて大分調子も上がってきた様子。
最後の出番が一ヶ月程前の大雨だった仏蘭西モデル、乾燥期に入り大幅にコンディションが変化していた模様。激しいピッチ変動は仕方無いのかも・・・。
〆はデカ伊太利モデルの御機嫌伺い。こちらも最後の出番は雨だっただけに調整手間取るかと身構えるもフレンチ程では無く調律だけで簡単に終了。西のスタジオの整備も進みまもなく本格的に稼働の予定です。
3日、朝から舞台撮影で使用するカメラの買換えのため新年バーゲンで賑わう浪速に出陣。店頭でズラリと並ぶ最近のデジカメの価格暴落と性能向上には驚くばかり。散々店頭で悩んだ挙句やっぱり御贔屓のメーカーの型落ち(それでもそれ程古くないモデルでしたが)を激安で購入する事に成功。しかしコンサートでの撮影は「相手に気がつかれないようにコッソリ撮れる」というまるでイケナイ盗撮者(?)のような条件だったのには我ながら苦笑・・・(音がしない、小型で見えないように撮れる・・・など)、店員に説明する事が出来ず苦労しました(笑)。お買物の後は西のスタジオで環境チェック(乾燥キツク湿度コントロールが難しい!)の後お隣の古寺に参拝を兼ねて散策、正月の特別御開帳を有難く拝観。
2日、日本のチェンバロ演奏の開祖たるエタ・ハーリッヒ=シュナイダー女史、ナチスとの反目からくる圧力から逃れる為昭和十六年独逸から楽器を携え来日、第二次世界大戦の間も日本に滞在し演奏活動を続けた我国チェンバロ界の恩人でもあります。しかしナチに追われた女史が戦時中もナチス政権の出先機関たる独逸大使館の支援の元で日本各地で演奏活動を続けられた事(東京の他は関西や仙台、静岡、新潟など・・・、西洋音楽排他の風潮の中なのでかなり特異な存在だったのでは)、あのゾルゲ事件に関わっていたにも関わらず(殆んどの資料に触れられていないのは最近までその事実は知られていなかったのか・・・)終戦まで独逸大使館との関係は良好だった事(独逸敗戦の際は彼女の家に大使館関係者が集まり彼女の演奏を聞いたとの証言もあり)、終戦後は一転連合国側の関係者と親しい関係を持ったかもしれない事(これはまだ資料には全く出ていない情報らしいのですが・・・)など、多数の謎を持つ数奇な生涯を送った方でもあります。最近入手した大戦前後の日本の独逸大使館の研究書を読んでもこれだけ深く日独間の激動期に関わった女史の事が全く記述されていないのはナントモ不思議であります。後世の本邦音楽界の回想録にも女史の事は殆んど出てこないのも同様に謎ですし・・・。あれほどバッハに傾倒し古楽器演奏に理解を示していた当時の音楽界の重鎮あらえびす氏も女史の生演奏を聴いたという記述が無いのもこれまた不自然ですし(女史の事を触れにくい何か圧力があったのかも・・・)。今年こそは我国チェンバロ界の大きな謎を解明したいと思っております。皆さまの御協力何とぞよろしくお願いいたします。
2013年元旦。あけましておめでとうございます。今年も綺麗な初日の出を拝む事が出来ました。今年一年皆さまにとって良い年でありますように。
恒例の初日の出見学(雲が出ていて心配しましたが無事拝めました)の後は生まれ故郷のえべっさんに初詣。好天に恵まれたお陰か結構な人出、沿道に並ぶ様々な屋台(ユニフォームでキメタお洒落なチンチン焼きが何故か大行列でしたね)や懐かしい猿回しなどを眺めていつもと変わらぬ正月風情を満喫。
夕方には新設の西のスタジオのお隣となって御縁が深くなった須磨寺にも参拝。こちらは広い境内に屋台数軒のみというノンビリムード、これもまた静寂な正月気分を満喫出来る良い景色でした。最後にスタジオの楽器陣の様子を点検して帰宅。今年は平穏なお正月でスタート出来たようで嬉しい限り。
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