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2012年7月10日 (火)

日本チェンバロ史の謎

Photo10日、日本洋楽史に多大な功績を残した紀州の殿様の伝記を読了。やはりこの殿様の資料はあまり現存していないせいか今回の伝記も殿様自身の2種の随想録を元に書かれており驚くような新発見は無く、期待していた日本初(?)のチェンバロコンサートの件も残念ながら全く記述無し。当時日本ではレコード演奏しか知られていない伝説の古楽器(?)「チェンバロ」を日本で披露しようと、わざわざ墺太利から演奏家と楽器共に極東の島国まで呼んだと思われるので、相当の意気込みがあったはずと思うのですが何故か随想録には触れていないですね。西洋音楽の造詣が深く(作曲家パーセルの貴重な楽譜等を含む膨大なコレクションも所有していた程)、大正時代に日本初のホール用大型パイプオルガンを自ら注文し、戦時中はフィリピンのバンブーオルガンの修復に貢献した程の古楽と楽器マニアだった殿様が、何故チェンバロについて何も語っていないのかはこれまた大きな謎となった次第。しかし今回の伝記、殿様の行動記録を丁寧に検証しており、本人の記述が意外に不正確な事を随分挙げてますね。記憶違いだったりする場合がほとんどながら、中には故意に事実を偽装したりした部分もあるようで、歴史的な検証には相当の注意が必要と言う事を痛感。

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