戦時中にラジヲから聴こえたチェンバロの音色
4日、昨日に続きエタ・ハーリッヒ=シュナイダー女史の戦時中の活動を御紹介。昭和十六年来日まもなくの五月にチェンバロソロ(半音階的幻想曲など演奏した模様)でラジヲ初登場した女史は、その後七月には管弦楽と共演(バッハのCem協奏曲 イ長調?ニ長調?を演奏)、十一月には「音楽の捧げ物」(朝比奈隆と共演)など活発に放送出演しております。開戦後も昭和一八年の一月と五月にも女史のチェンバロ演奏が放送されており、終戦後も昭和二〇年一二月にピアノ演奏で出演した模様。戦時下にチェンバロによるバッハの演奏が何度もラジヲから全国に流れていたとは驚きですが、ナチス独逸の文化使節として来日していた女史が戦時中は同盟国の文化使節として演奏活動を続けながら、終戦後は亜米利加占領下にもかかわらず割と早くにラジヲに復帰した事もある意味大きな謎であります。
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