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    my Cembalo by R・Yoshida

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2011年6月

2011年6月30日 (木)

東日本大震災復興支援イベントスタートします!

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30日。東日本大震災から早3ヶ月半、多くの被災地では復興には程遠い過酷な状態が続いているようです。震災による混乱が続いていた東京はやっと以前の落ち着きに少し戻ったような気がしますが、今だからこそ音楽の力で東京から被災地へ支援を行わなければと思っております。まずは我々が出来る小さな事から支援を始めようと下記のようなイベントを開催することになりました。

東日本大震災復興支援コンサート with 明日館

1925年ライト建築の重要文化財「自由学園明日館」で開催する古楽器による復興支援コンサートがスタートいたします。素晴らしい音響の歴史的建造物でのコンサート、まずはフォルテピアノの演奏をお聴き頂きます。今回の公演では特別にコンサートで使用のフォルテピアノをお客様にも弾いていただける試奏タイムを設けました。日頃触る事が無い200年前のピアノに是非触れてみてください!(コンサートの収益は復興支援の義捐金として寄付させていただきます)

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フォルテピアノ in 明日館
「フォルテピアノを聴く!見る!触る!」
  ※演奏会(1時間弱)前後に、試奏タイムを設けます 

   フォルテピアノ演奏:筒井一貴

第1回 2011年7月12日(火)19時開演  試奏は17時から 

    ルイ・デュルケンモデル(1979年 Thomas&Barbara WOLF 作)

     5オクターブ ウィーン式アクション フォルテピアノ 

第2回 2011年8月 4日(木)19時開演  試奏は17時から

       ワルター&サン モデル(2002年 Paul McNulty作)

        5オクターブ半 ウィーン式アクション フォルテピアノ

    第3回 2011年9月 3日(土)16時開演  試奏は14時から

       Johann Georg Grober (Insbruck 1820) オリジナルのフォルテピアノ

         6オクターブ 5本ペダル ウィーン式アクション

    3台のフォルテピアノが歴史的洋館で毎回弾いて見て聴けるというコンサート、是非お越しください。

    詳しくは専用HPをご覧ください。

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2011年6月29日 (水)

東京2日目

9 29日、シギス親方率いる「ちっちゃな楽団」東京2日目。今日は1300席という大ホールなのでチェンバロは横置きフタ無しバージョンでブラ5だけフタ付け(親方はフタ無し縦置きがやはりお好きな様子でしたが)。今日の会場は過去何度も伺っていながら古楽器は初めて、広い割には後ろまで音が届く意外にも古楽向きのホールかも。いつも和気藹々と旅を続けるこの老舗グループ、ホンワカムードが色々事件を引き起こすのか今日もメンバー2人が大遅刻。(1人は会場を間違えたそうな) 古参メンバーによると過去にこんな楽しい(?)エピソードは本が書ける位あるよ~との事。ツァー後半にはまだまだハプニングがあるのか・・・。東京公演はいよいよ後1回のみ。皆さんお聴き逃し無く! 

2011年6月28日 (火)

東京初日

928日、「ちっちゃな楽団」東京初日。今日は今回のツァー唯一の狭い会場(それでも500席なのですが)なので楽器配置も小ホール用バージョンに変更となり(毎日親方がその場に来てから決める様子)チェンバロは縦置きフタ無しに。親方兄弟によるとかの時代のアンサンブルはこうだったはずという事ですが・・・。すぐに完売したという今日の公演、熱狂的なファンが多かったのかどの曲も大受け、ブラ5でのバンジャマン君のチェンバロソロも期待を上回る熱演。東京は葛飾と初台の2公演を残すのみ!お聴き逃し無く!しかし今日のホール、一時は渋い古楽系の実力派を精力的に呼んでくれていたのに(それも常時満杯にするという他のホールには真似の出来ない見事さ)今年はチェンバロ入りの公演はこれしかない様子。まだまだ欧米には知られざる凄腕演奏家がゴロゴロいる筈、今後も「こんな凄い演奏家がいたんだ~」と我々をアッと言わせて欲しいもんです。

2011年6月27日 (月)

昭和初期の古楽ブームを体験出来る?

Sp_1 27日、最近凝っている昭和初期の日本での第一次古楽ブームの検証作業、そろそろ皆さんと当時の演奏や文献を御一緒に公開の場で検証していこうと思っております。近日中に昭和初期の高級蓄音器を使って貴重な古楽器演奏のSPレコードの観賞会を計画中、当時の音楽雑誌での古楽器特集の盛り上がりも含めて色々な資料を見て頂きながら我が国最初の古楽ブームの興奮を味わって下さい。

Sp_2第一回のSPレコード鑑賞会のテーマ(予定)は「昭和初期に注目されたクラヴィコード」。昭和16年にやっと初輸入されたと思われる(まだ確証な無いのですが・・・)クラヴィコードが実は相当前からレコード愛好家の間では大注目されていたという驚愕の事実を音と資料で検証の予定。明細は近日中に紹介の予定です。(もしかしてクラヴィコードの生演奏付き?)

Sp_3久々にSP盤を持ち出して下調べするも加齢のためか視力低下でレコードの細かい字が全く読めず資料調査が難航、仕方無く巨大虫眼鏡を購入しやっと文字を解読。いやはやもう自分がチャンジー世代(笑)だと思い知った次第。

2011年6月26日 (日)

再び東へ

926日、神戸から名古屋経由で東京へ移動。週末1000円割引終了後初の日曜はやはり車が少ないようで渋滞に遭遇せず。全国1000円に慣れてしまったのか元の週末半額でも高い!という気分に。 いよいよツァーが始まった「ちっちゃな楽団」(昨日は名古屋公演)、今回馴染みの顔ぶれに交じってブリュッセル在住の戸倉政伸氏がViolaとGambaの掛け持ちで初参加。私は初対面かと思いきやどこかで御一緒していたそうな、それがいつどこなのか両者思い出せず・・・(汗)。 古楽界の老舗グループでの若手日本人の活躍は嬉しいものです。東京・大阪公演乞うご期待!

2011年6月25日 (土)

読みがピタリ?

225日、西でのバッハのカンタータ公演にチェンバロオルガン2台で出動。本格的な夏の過酷な現場は初めてという2台、湿気と暑さの影響で制御不能な程暴れるかと身構えるも(舞台は暑かった!)事前の変化の読みがズバリと当たったのか(偶然?)リハ前の調律のみで本番が望める程に安定しホッ。毎度ながら2台調律はギャンブルだ~! ところで今日のホール、16年前の大震災で反響板が落下するなど他よりも被害が大きかった処ながら今やその傷跡が全く見えず人気のホールとして利用されている様子。今回の震災でも仙台市内の各ホールを始め(ほとんど使用停止状態だとか)東北北関東各地のホールに大きな被害が出ているとの事ながら神戸のように完全復活を願う次第(今回はどこも時間が掛かるでしょうが・・・)

2011年6月24日 (金)

La Petite Bandeまもなく登場

4 24日、来日したLa Petite Bandeのメンバーのリハにジャーマンチェンバロで参加。リハまずは超絶技巧のラッパが炸裂するブラ2から。いやはやマウスピースだけで複雑な音階を軽々と吹いてしまう神技にはまたもノックアウト!珍しい(?)バルト御大のリコーダーも聴きモノか。オーボエにもご注目(?)

14噂の「肩掛けチェロ」スパラ3台(マコト氏もついに低音族の仲間入り!)とバス・ド・ヴィオロンが並ぶブラ3、これぞ21世紀的古楽な編成では・・・。(このグループはもうチェロやコントラバスの姿は拝めないのでは・・・)

18現代古楽界の御開祖様2人と次世代を担うチェンバロ界の新星が揃い踏みのブラ5。そう言えばヴァイオリンを弾くシギス親方って久々に見たかも・・・。 今回のプログラム、新旧メンバー交えた老舗グループの本領発揮で相当期待出来るのでは・・・。乞うご期待!

2011年6月23日 (木)

彼らはやって来た!

423日、今朝無事にベルギーからLa Petite Bandeが日本に到着。今回の公演、今や世界最高のナチュラルトランペット奏者として大活躍のマドウフ氏を筆頭に笛のバルト御大などの豪華ソロ演奏に注目、もちろんシギス親分の采配振りも聴き処でしょう。しかし鍵盤族としては若干19歳でブルージュのコンクールをぶっちぎりで優勝したBアラール君が初めて聴かせるソロ演奏に大注目では!(前回の来日では通奏低音だけだったのであまり注目されなかった様子) 今回はブランデン5番があるので初めて姿を見せるこの若き天才の凄さを是非体験あれ!(何故私がこんなに力が入るかは聴けば判る? コンクール優勝の際の大騒動は今も語り草か) 日本に着くなり「チェンバロ弾かせて!」と目白に現れたアラール君、スタジオ内の色々な写真を見回して「(神戸の某オルガンの写真を見て)これG社のミーントーンオルガンでしょ(何故知っている・・・?)」「(昭和12年の雑誌の記事を見て)ランドフスカの学校の日本語の案内?」「(チラシを見て)レオンハルト来たんだ」と極東の古楽事情に興味津々の様子。

2011年6月22日 (水)

暑い!

1522日、早朝外出すると冬でもないのに駐車している車のフロントガラスに結露が(湿気と昼夜の温度差のいたずらか?)。しかし今日は暑かった!チェンバロ運搬も熱気で楽器が茹ってしまうのでノンビリ出来ないのが辛い・・・。昨日に続き今日もラウンドテール(独逸型)チェンバロと御一緒の1日。

2011年6月21日 (火)

弾き比べ

2421日、演奏家と御一緒してフォルテピアノ・チェンバロ・クラヴィコード8台を弾き比べの1日。チェンバロではジャーマンタイプのショートスケーリングとロングスケーリングの計3台を並べて味わえるなど贅沢三昧。

37贅沢な楽器三昧の興奮をクールダウンするため少し遠征し北千住で一杯。大鍋牛煮込みが名物の某有名店を訪問するもまだ日が明るいうちに呑み助で満員、何とか片隅に潜り込みこれまた名物梅割り焼酎(殆んどの常連が注文)と多彩な肴で楽器談義をワイワイ。泳ぐように店内を飛び回り某大な注文を神技的にこなすベテラン店員のパフォーマンスを眺めるだけでも酒が進むお店でした。

2011年6月20日 (月)

強運の楽器達

120日、昨日4カ月振りにご対面で無事を確認したいわきアリオスのチェンバロとオルガン、実はいくつかの幸運が重なった様子。いつも一緒に保管されているフルコンピアノが偶然に持ち出されていたり(もし重量あるピアノが暴走したらチェンバロは押し潰されていたはず・・・)、同じくハープ2台がお互い寄りかかって倒れていなかったり(簡単に倒れる楽器なのに・・・)、チェンバロは台車に乗せたまま保管していたので台車同士が衝突しても楽器本体の接触は無かったり、空調が約一ヶ月も停止するも立入禁止となり機密性の高い部屋で外気を完全に遮断出来たり・・・など余程の強運の持ち主だったのかも。最も楽器に運送用のカバーを保護の為常時掛けていた事が楽器を救った最大の理由でしょう。地震国の我が国ではカバーを掛けての保管は必須かも?

2011年6月19日 (日)

4か月振りに楽器にご対面

23 19日、昨日に続き宮城県を訪問。まずは仙台のチェンバロ製作家の林氏に久々に再会。自宅と工房に甚大な被害が出たものの楽器は幸い大丈夫だったとの事。まだまだ製作再開まで道程は長いとの事ながら思いの外元気なご様子で少しだけホッとしました。その後仙台市内各所を回るも建物の倒壊の他にいたるところの道路の凸凹や海岸付近の津波の爪跡の凄まじさを拝見し改めて今回の被害の大きさを実感。午後は宮城から南下し一ヶ月振りにいわきのホールへ。5月の訪問時にはまだ余震の影響で建物内一部立入禁止との事でチェンバロ・オルガンの姿を拝む事も出来なかったものの、今回やっと(4か月振り!)楽器庫で楽器とご対面し早速楽器の状態をチェック。一応無事だったと伺っていたものの地震の衝撃や環境変化(約1カ月空調が止まっていたそうな)の影響を心配し恐る恐る楽器を弾いてみると、驚いた事に調律がほとんど狂っていない上にコンディションは地震前と全く変わらずすこぶる御機嫌上々の様子で一安心。機密性の高い地下室での隠遁生活だったのが幸いでした。茨城県にも寄り道しながら東京に戻るも常磐道今日も車の数は多く無く1000円割引最終日の大渋滞を覚悟していたのに拍子抜け。

北へ

1018日、朝から4台のチェンバロの弾き比べ。独逸人作の伊太利型、阿蘭陀人作の独逸型、在仏日本人と独逸人作の仏蘭西型と見事に分類がバラバラながら(笑)どれも個性豊かで音色の対比が興味深し。昼から東北道を北上し宮城県を久々に訪問。高速1000円割引最後の週末ながら意外に高速の渋滞に遭遇せず。行楽客もまだ東北方面は足を向けにくいのか?夜は蔵王のチェンバロ界の古老と数十年前の古楽ブームの頃の貴重なお話を肴に痛飲。

2011年6月17日 (金)

浪速の看板教師

Photo_217日、我が国チェンバロ界の礎を築いたエタ・ハーリッヒ= シュナイダー女史の新たな資料を発見。昭和17年の大阪の相愛女子専門学校音楽科入学案内のパンフレットの中に、教師一覧表に1人だけ写真入りでシュナイダー女史が大きく紹介されてました。一部ネット上で彼女はチェンバロ奏者として赴任したような資料が出てましたが(もし本当なら日本で最初のチェンバロ教師となるのでは?と期待していたのですが・・・)残念ながらピアノ教師としての採用だった様子。 それでもナチス文化使節として来日した大物演奏家となれば学校側も看板教師として盛大に宣伝した模様。もしかすると昭和16年の京阪神3箇所でのチェンバロリサイタルが大評判を呼んだのかも・・・。 しかしこの年秋から大阪でシュナイダー女史がピアノ教師として着任した事ははっきりしましたが、同年11月に大阪のラジオ局でチェンバロ演奏を収録したのは何故なのか不思議です。その時期大阪で知られていないコンサートがあったのか? (学生にチェンバロを聴かせたかったのかも) 

2011年6月16日 (木)

クラブサン?チェムバロ?

S_12 16日、今日は昭和初期の日本でのCembaloの名称についての考察を。日本で最初のチェンバロ演奏であったと思われる昭和12年大阪での公演では「ハープシコード」という名称を使用。しかし昭和16年日本初の世界的なチェンバロ奏者シュナイダー女史の独奏会では独逸人によるバッハ中心のプログラムながら「クラブサン(チェムバロ)」という二重表記を使用。やはり当時日本で大人気だったランドフスカ女史の影響で仏国読みが一番流通していた様子。来日直後のシュナイダー女史の演奏記録を調べて見ると初のホールリサイタル(6月東京京阪神4か所)に続き7月にも東京でホールリサイタルを開催したようで(6月が大好評だったので追加公演だったのか?)、この公演は主催が武蔵野音樂学校報國團との事、シュナイダー女史は来日後すぐにこの音大でチェンバロ教師として教鞭を取っていた可能性も出てきました。彼女が大阪の相愛に赴任するのは同年9月らしいとの事で東西どちらの学校に先に赴任したのか興味深々。昭和12年の日本初と思われるチェンバロ公演に同志社女子の系列の共演者が参加しているので、もしかすると京都が我が国チェンバロレッスンの最初という可能性も捨てきれないのですが・・・。

2011年6月15日 (水)

戦前ラジオでのチェンバロ演奏

S15日、昭和の初期、戦前戦時中に意外にもラジオでチェンバロの演奏が結構頻繁に放送されていたという興味深い資料を入手しましたのでそのご紹介。昭和12年に我が国初のチェンバロ演奏を大阪放送局から放送したという資料を以前に紹介しましたが、その次は昭和16年にナチス文化使節として(内情は少々複雑なようですが)来日したチェンバロ奏者のシュナイダー女史が東京での初リサイタル(6月18日19日日本青年館)の前の5月30日にラジオ初登場。(曲目は半音階的幻想曲他) そして関西公演(7月3~5日京阪神3会場)の直後の7月13日にバッハチェンバロ協奏曲(東音管弦楽)を放送(東京関西の公演と同じ編成か?)。11月10日にバッハ「音楽の捧げ物」シュナイダー朝比奈隆他というプログラムを大阪より放送。これは多分関西の音大に教師として赴任した際に大阪にチェンバロも持って行ったという事では・・・。日本最初の音大チェンバロ教師として彼女が赴任したのは東京ではなく大阪の某音大では?という私の仮説の有力な証拠となるかも。(まだ検証不足ですが) 昭和18年1月17日にはチェンバロソロで信時潔日本民謡集他を演奏。5月5日チェンバロソロでバッハ「カプリチオ」他を演奏。戦時中に外人演奏家のラジオ出演が次々排除される中、ナチス文化使節という肩書のシュナイダー女史は比較的身分が優遇されていた様子。昭和8年頃からの我が国での第一次古楽ブームのお陰で戦時中もチェンバロの音色は人気があった証拠でもあるのでは・・・。

2011年6月14日 (火)

片肺飛行

3114日、4日振りに東京に帰還、スタジオのダブル稼働の除湿機の1台が何故か不調で止まっており数日片肺飛行状態だった様子(汗)。幸いかろうじて湿度は50%で踏みとどまっていたようで楽器に影響は無しでホッ。しかし今日お伺いしたお宅はエアコンや除湿機に頼らず昔ながらの部屋の風通しのみで楽器を上手く維持されておられましたね。今の都会では風で暑さがしのげるというのはある種の贅沢かも。

2011年6月13日 (月)

家具向きの湿度

1913日、先日さる木工家具職人の方とお話する機会があり「家具にとっての理想的な湿気は?」と伺うとその方は60~65%がベストとの事。私はチェンバロには湿度45%前後をお勧めしているので同じ木を組み合わせたモノでも適正な環境が違うもんだと思った次第。65%もの湿気の中でチェンバロを常時保管すると色々トラブルも出るのでは?

2011年6月12日 (日)

讃岐2日目

7 12日、讃岐2日目の朝は日曜のみ神社の境内で早朝から開店するという不思議な饂飩屋でゲゾ天(100円)入りの冷かけ(150円)でスタート。御近所の老若男女の皆さんが朝も早よからズルズル美味そうに饂飩食べる姿を見ると讃岐民族は幼少からこうやって饂飩好きのDNAを体内に培養しているのかと納得。午前中はチェンバロの厳しい2階階段上げ。ギリギリながら無事2階の部屋に楽器も収まりホッ。

61讃岐滞在の最後にと午後にこれまた評判のお店でゲゾ天ザルの大(700円)。 このお店も打ち立てにコダワルお店のようで、カウンターの中では常時饂飩を足で踏んで棒で捏ねて打ち立ての麺を釜に放り込んですぐに出すスタイル。麺と共に天婦羅の揚げたてにもコダワリがあるようで味と共に厨房パフォーマンスも見応え充分。

68夕方行楽客渋滞を恐れて讃岐から一般道で神戸へ移動。国道沿いの道の駅で休憩するともう讃岐饂飩の本場の東限を越したエリアながら繁盛しているセルフの饂飩屋を見つけ今日3杯目なのに堪らず冷かけ(210円)を注文。ここは普通のお店なので作り置きの麺を使用、東京ならこれでも美味しい!と唸るレベルながら打ち立ての味を憶えてしまった舌には味や歯応えが少々物足りない・・・。 今回も讃岐饂飩の奥の深さに圧倒された2日間。

2011年6月11日 (土)

讃岐へ

1211日、前夜遅くに御江戸を出発し豪雨の中を神戸経由で海を越え四国に上陸。香川での用事の合間に早速讃岐饂飩探訪を開始。まずはこんな不便な所誰が来るのか?と思ってしまう人里から数kmも離れた山奥のお店で冷かけ(200円)でスタート。心地よい麺の歯応えと澄んだ味付けのダシの相性が素晴らしくこれならどんな僻地でも人が押し寄せるのも納得。店を出るとお店の方が「今日は天気が悪く客足が予想以下で麺が余ったので持って帰ってください」と数人分の麺をお土産に頂戴しました。このお店は打ち立ての饂飩しか出さない主義とか。

21次は釜あげ饂飩(410円)が名物な屋島の有名店へ。ここも麺の他にダシや薬味のネギや生姜が美味。 藁葺の建物や沢山のお客を効率良く裁く店員の動きも見物では。

38用事が済み最後は夜しか開店しない人気店でカレー饂飩(700円)。このお店、マスコミにも評判で開店前から店頭は大行列。ここも打ち立てしか出さない主義とかで店頭で休みなく饂飩を捏ねる作業を見ながら出来を待つスタイル。心地よい歯応えの活きの良い麺で提供してくれるのが素晴らしい!地元民が良く言う「饂飩の味は打ち立て湯掻来たてで無いと美味くないよ」という言葉が実感出来た1日。しかし短い空き時間に饂飩3杯は少々キツカッタ・・・。

2011年6月10日 (金)

この時期なのに・・・

610日、チェンバロに最適の空間として御贔屓の某ホールでの震災チャリティーコンサートにフレンチで出動。このホール、空調が素晴らしくこの時期なのに本番中冷房を掛けても湿度が45%位と理想的な環境をキープ(一体どんなエアコンなんだろうか?)、音響と共にこの環境の良さが惚れ込んだ一因かも。しかし我がスタジオとほぼ同じ環境なのでウチの楽器は変化しないものの普通の楽器なら湿度の落差でコンディションを崩してしまうかも・・・。 

10今日はチェンバロ以外にもピアノ伴奏の歌あり、ハーモニカあり、ジャズバンド付きの歌ありと多彩な出演者が一堂に集まったチャリティ企画。狭い舞台にチェンバロとピアノとドラムとダブルベースが並んだ姿は壮観、チェンバロとドラムが僅か数センチしか離れていない舞台などは初めてかも・・・。

2011年6月 9日 (木)

ドッグ入り

Photo9日、そろそろ本格的な梅雨対策としてスタジオでは除湿機をダブルで稼働。湿気の多いこの時期に楽器が快適な環境で維持出来るかが結構重要な分岐点では・・・。(鳴りが全然違ってくるようですが) 今日は運送を引き受けたチェンバロを狭い階段4階降ろしで引き取りスタジオにドッグ入り。ウチでしばらく保養してくれればチェンバロも御機嫌良く新しいお宅に嫁いでくれるはず。

2011年6月 8日 (水)

西で日本チェンバロ史探索

Photo8日、本邦の洋楽史の資料では日本有数の質量を誇るこちらの博物館を訪問し我が国のチェンバロの歴史の資料探索。ここは明治からの貴重な音楽資料が閲覧可能、今日は特別に日本最初(と現在では推測している)のチェンバロコンサート(昭和12年大阪)のプログラムや、戦前戦後に活躍したチェンバロ奏者エタ・ハーリッヒ= シュナイダー女史の関西初公演(昭和16年京阪神3公演)のプログラムやチケットなどチェンバロ史研究者にとっては垂涎の生資料を拝ませて頂きました。また戦前戦後のラジオ放送の番組資料も拝見すると、シュナイダー女史のチェンバロ演奏の放送が結構多いのにビックリ。昭和16年の番組欄を見ていると「ブロックフルート角淳クラヴィコード解坂本良隆」という表記を発見。これは戦前にもうリコーダーとクラヴィコードの演奏が放送されていたという事なのでは・・・。確かシュナイダー女史がチェンバロと一緒にクラヴィコードも日本に持参したという話を読んだ憶えがあるのでその楽器か、昭和8年にはドルメッチのクラヴィコード演奏のレコードが日本でも相当話題になっていたので戦前に誰かがクラヴィコードを海外から輸入していたのかも?色々な資料を拝見すると謎は増えるばかり、何か当時の情報をお持ちの方是非ご教授ください。

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2011年6月 7日 (火)

仙台と神戸

27日、今日は16年の年月を隔てて大震災に遭遇した神戸・仙台両都市のオケのメンバーが集まり豪華ソリストを交えての震災チャリティコンサート。聞けば仙フィルは地震の時はリハだったそうで皆楽器を抱えて避難して何とか無事だったとの事。16年前に同じ境遇だった神戸の人間としては今回の話はとても他人事には思えず・・・。今回のメンバーの中に甲府の古楽コンクールの覇者の小池さんも参加されておりお元気な姿は嬉しい限り。しかし仙台のチェンバロ製作家の林裕希氏の工房が使用不可能になったとのお話にはビックリ(何とか無事ですという連絡はあったのですが・・・)。 鉾田の佐藤裕一氏といいチェンバロ界にも震災被害甚大な製作家が複数いるようです。何か支援活動出来ればと思うのですが・・・。

2011年6月 6日 (月)

2000席でチェンバロ

6_2 6日、朝から我が国のチェンバロの歴史の資料を求めて古書店巡り。選りすぐりの蔵書を誇る御贔屓の老舗書店で貴重な資料を購入すると外国の包装紙に丁寧に包んでくれた上に達筆の御礼状を付けてくれるという粋なサービスに感動。最近のただ本を並べているだけというリサイクル本屋ではこんな事出来ないでしょう。

1午後は明日本番という公演のリハにジャーマンで出動。会場が2000席という大ホールの上にモダン楽器アンサンブルとの共演との事で我がジャーマンも秘密兵器付きの「オケとのコンチェルト仕様」で参戦。チェンバロの鳴りを心配するもオケ側から「チェンバロウルサイ!」と言われ慌てて音量調整。聴こえ過ぎるのも困ったモノです。

2011年6月 5日 (日)

田舎で蕎麦

145日、久々に郊外に出たので人里離れた藁葺の古民家を改造した蕎麦屋を訪問。ご自慢の濃厚なツユだけでなく塩のみを付けて頂いてもお勧め!という蕎麦は本当に美味(お店としては相当味に自信あるのでしょう) 予約の際「ウチはそんなに満員にはなりませんよ」と言われるも不便な場所ながら結構繁盛の様子。(本当に山奥なのに日曜日のせいか蕎麦通の間での評判が高いせいか・・・)

68田舎ついでに豪華な古民家も見学。台所には立派はオクド様が残っており思わず見とれてしまいました。

86古民家の座敷には今流行の「ローカルユルキャラ君」の着ぐるみがお休みになっておりましたが何故?(にっしーと言うそうですが)

2011年6月 4日 (土)

ズージャ

24日、今日は長年お付き合いあるホールでの「ズージャ」コンサートのピアノ調律に出動。最近出番が無く楽器庫でずっと冬眠していたピアノを叩き起こさないとと時間を掛けて御機嫌伺うも何とか目を覚ましてくれた様子。リハーサル聴きたかったもののPAからの大音量の音で商売道具の耳が難聴気味になるのが怖くてすぐに退散。

2011年6月 3日 (金)

連投

63日、ここ一週間かなり悪条件の中での連投だった鳥の羽根フレンチ、こりゃ少しヘバッているかと御機嫌を伺うも調子は上々。やはりシャープなタッチの演奏家に弾かれている分には多少ハードでも大丈夫、まだ本格的な湿気にも襲われてないのも幸いでした。

2011年6月 2日 (木)

夏に暖房

822日、夏になった途端に意地悪にも気温が下がりスタジオでは季節外れの暖房を入れる羽目に・・・。出動前の楽器の御機嫌を伺うにもこの寒さでは舞台との温度差が激し過ぎて調律も出来ず。果たして今年はどんな梅雨になるのやら。

2011年6月 1日 (水)

鳥の羽根

891日、お客様のチェンバロの調整の1日。元々デルリン爪の楽器を以前より鳥の羽根に交換するも調整が中々旨くフィットせず苦戦の連続、今回やっと楽器にマッチする調整を探り当てる事が出来たようでホッ(大胆に楽器のピッチ設定や爪の削り方を変更したお陰か)。フランスの田舎の農家で放し飼いで育ったガチョウの羽根が今回の楽器との相性抜群でした。

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