日本古楽界の源流を探る(13)
7日、昭和初期の日本での古楽ブームを検証するシリーズ、今日はレコード音楽雑誌「Disques」昭和7年(1932年)12月号を紹介。この時代、まだバロック時代の作品は毎月必ず紹介される程の量は無かった様子でこの号は古楽的には収穫無し。ハイドンの弦楽四重奏曲の紹介が目立つ程度か(ハイドンは今より人気があったのかも) 日本の愛好家の間でチェンバロやバロック作品への関心が高まるのは翌年の昭和8年からでは?もしかするとランドフスカのゴールドベルグ変奏曲チェンバロ初演(1933年)の影響が海を渡って遥か東洋の国まで届いていたのかも・・・。(私の勝手な推測ですが)
この号ではコルトーらが設立したパリの私設音楽院「エコール・ノルマール」の参観記(加藤鋭五筆)が興味深い。校内の各施設や講師、そして授業内容などを詳しい紹介されており、そろそろキナ臭い世情の気配は感じ始める頃ながらこの紹介記事を読んで「コルトーやティボーの元で学びたい」とパリ留学を夢見る学生が多かったのでは。(調べてみるとここではランドフスカ女史も教鞭を取っていたとのこと)
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