日本古楽界の源流を探る(7)
昭和初期の日本における第1次古楽ブームを検証するシリーズ、今回は洋楽レコード専門雑誌「Disques」昭和12年(1937年)10月号を取り上げます。この号、表紙はリュートを演奏する女性(!)、これは昭和初期の古楽情報誌ですと言えば信じる方もいるのでは・・・(笑)。まあ琵琶を弾く天女の姿と思えば当時の日本人にも馴染みのある絵だったのかも。
目次を見るとやはり冒頭特集はバッハ!当時のバッハ人気の高さが伺えます。「バッハの「ロ短調ミサ」への私情」(村田武雄) 冒頭から「HMVにあるバッハの「ロ短調ミサ」の全曲レコードはいつになつたら日本でプレスされるのだらうか。このレコードが十分に享受されるほどには日本のレコード音楽鑑賞層が発達してゐないのだらうか。こんな質問を私は幾度うけたかしれなかった。それが十年たった今日やつと(中略)来月出ることになつたのを聞いて感激に耐へぬものがあつた」と、この名曲の日本発売を熱狂的に紹介。この筆者は「ロ短調ミサ」こそバッハの最高峰、マタイ受難楽よりも素晴らしいとべた褒めで「私は真面目なレコード愛好家ぬ全部これを聴いて貰はねば気のすまぬ思ひはする」と最後まで熱い口調で思いを語っています。(今はこんな激情的な紹介文は書けないでしょうね) 続いてシューベルト(この時代まだシューバートという表記もあり)やハイドンの盤の紹介が続きますが、どの文にも簡単ながら的確な作曲家や作品の多彩なエピソードなどが挿入されており当時この雑誌を読むだけで相当の音楽的な知識が得られたのではと感心します。次にバッハ盤を2枚紹介、露人名ヴァイオリニスト・ミルスタインの「パルティタ二番」、そして「パッサカリアとフーグ」。こちらはオルガン曲のオケ編曲盤ながら解説で「バッハの風琴曲の大部分はワイマアルに在って、宮廷附の風琴家であつた時代(1708-1717)三十歳前後の期に製作されたが・・・」と紹介。当時のレコード愛好家の知識欲の高さが伺えます。盤紹介の次に「ディスク蒐集講座(一)」として「音楽史上極めて重要なる作曲家の音楽、傾向及びその代表作品を抽出して語り」「右参考レコードとして出来得る限り僅少の名盤を揚げ、これだけを蒐集すれば、大体その作曲家の音楽を把握出来ると云う選曲方法をとる」というレコード蒐集家にはありがたい企画が登場。その名誉ある第一回は「ヘンデル」(バッハでないのが不思議ですが)で、彼の生涯と作品の詳しい紹介を九ページもの大特集。色々な曲紹介の中で「我々は何よりも彼の最大の傑作「メッシア」を聴かなければならない・・・」とあり、この当時もうメサイアが人気だった様子。スカルラッチ(!)との鍵盤対決の話もあり、「幼少時代彼はクラヴイコルドを愛用したもののこの楽器の作品は無い」ともありチェンバロやクラヴィコードの情報も相当広まっていたことが伺えます。実はチェンバロという表記はこの時代殆んど無くクラヴサンという名称が一般的だった様子。やはりフランスのランドフスカの存在が大きかったのでしょう。次に「名演奏家秘曲集」(ビクター)という企画盤の紹介で、ティボオ、パハマン、ランドフスカ、クルプ、カサルス、クライスラー、ゲルハルト、メルバという古今の名手の中から選ばれた八人の演奏を集めたシリーズというこの企画盤。ランドフスカがもうこの歴史的名手八人の中に選ばれていることには驚きましたがこの当時の彼女の人気が現在思う以上に凄かった証拠でしょう。最後の今月発売のレコード紹介ではバロックモノは少々不作ながら海外盤紹介の冒頭でスカルラッティ「ハープシコードの為の奏鳴曲」(イエラ・ベツスル)という6枚組が登場。米国盤なのでクラヴサンではなくハープシコードなのでしょうね。ベートーヴェンソサエティはシュナーベルのソナタ、バッハ「平均律洋琴曲集」第五回は何故かピアノのEフィッシャーとハープシコードのランドフスカのカップリング。チェンバロの表記はオリジナル表記に合わせてその都度変えている様子。
昭和12年にもなるとクラシックと共にポピュラー音楽が盛んになっていたようでレコード紹介のコーナーにもポピュラーセクション(オケ演奏の軽音楽が主流)と、ダンスレコード(当時はダンスブーム真っ最中)があり、特にダンス音楽にはタンゴの他に今でいうジャズの初期の演奏が登場しております。ただ表記の和訳には苦労したようで「汽車ポツポ・ブルース」なんという傑作なタイトルや、演奏家で「黒デブ・ウオラー」(ファッツ・ウォラーの事ですが直訳しすぎでは・・・)など興味をソソル物が多そうです。(いつかゆっくり調べてみたいものですが)
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表紙の女性、メロッツォ・ダ・フォルリの「奏楽する天使」ですね。
バチカンに行けば見られます。(^_^)
投稿: 鈴木康弘 | 2014年12月28日 (日) 09時17分