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2010年10月25日 (月)

日本古楽界の源流を探る(4)

Disque12昭和初期の日本には古楽器の情報が溢れていた?。驚きの記事が多数掲載のレコード音楽雑誌「Disque」。今日は昭和9年(1934年)4月号のご紹介。ページをめくるとまずは多彩な広告が。蓄音器(まだ電蓄とゼンマイ式が両立)、レコード、楽器、音楽喫茶(蓄音器の銘器クレデンザ使用と誇らしげにうたっている店多し)などの中に「お買物相談所  輸入品は何でも・・・。一個のシガレツトケースから1台の自動車迄」とのナントモ凄いお店の広告まであり今でも楽しめます。

Disque13この号、冒頭にはワンダ・ランドフスカ女史の美しい演奏写真とサインを掲載(何故かピアノを演奏のようなのですが) この時代にはもう話題の演奏家として相当知名度が高かったと思われます。

Disque14目次を見るとまずはリュート伴奏で合唱する欧州人のイラストが。冒頭のランドフスカといいまるで古楽情報誌のようなデザイン(笑)。 特集にはメリハル指揮ベルリンフィルのメンバーによるブランデンブルグ4番の紹介(この時期コルトーとメリハルの両者によりブランデン全曲がやっと録音されたとある。日本ではまだ2番と5番のみの発売) 次にエドウィン・フィッシャーの「四十八協會」レコード(7枚組)、バッハ平均律1巻から11曲を演奏した盤の紹介。評者は何故かバッハがお嫌いらしく(ただ当時はそう簡単にバッハは嫌いと言えない風潮だったようで終始歯切れの悪い文章です) もうその時点では評判を呼んでいるものの評者はまだ未聴という「ランドフスカ「ゴールドベルヒ」なら感動するのだろうか?もし満足出来なかったら一体どうしたら好いのであらう」という締めくくりが興味深い。新譜紹介ではレスゲン・シヤムピオン(クラヴサン)演奏のダカン「リゴオドン」「ミュゼツトとタンブーラン」 クープラン「大殿様」「若殿様」(ビクター)が紹介。「この人はランドフスカから比較すれば勿論あれ程の輝きはないけれ共仲々素質のよい人のやうである」 実はこの人の盤は結構日本で入手出来るので当時人気は高かったのでしょう。次にポール・ブルノール(クラヴサン)演奏のバッハ「ガヴオット「英国組曲」より」「ミユゼット」 ダカン「郭公」(ポリドール) この紹介の中で興味深い文章が・・・。「前にも申し上げた様にこのクラヴサンは非常に古いもので、クラヴィコードに毛の生えた程度のものであるので、勿論ランドフスカのクラヴサンに比較すべくもない。(中略) これはブルノール1人の罪ではなく、その半はクラヴサンの不完全さにもあると云われるだろう」 これはもしかするとこの録音はオリジナル楽器による演奏だったのかもしれないのでは!是非音源を聴いてみたいものです。

Disque15そしてこの号の最大の目玉が「ワンダ・ランドフスカ特集」。最初に1933年11月7日巴里のギヤヴォ音楽堂(サルガヴォーのことでしょうね)での公演の観戦記から始まるのには驚きます(その上その場に日本人が3人もいたそうな) 他の楽器の時のようなスノブな紳士淑女が少なく若者や外人が多かったとあり、これはまるで1960~70年代の古楽ブームと一緒だった様子。

Disque16_2 次にレコード評論の大御所あらえびす氏による「まだ見ぬ楽器の魅力」。見たこともない楽器の解説は書けぬと散々云い訳をしながら判る範囲での楽器解説は「写真や絵で見て大体の恰好を想像し、槌で叩かず爪で引つ掻くことだけは解って居るが、その爪が何んな恰好をして居るかとなるとサア解らない」という正直な感想が。ただハープシコードという楽器はランドフスカが自分でペダル付きに改作したと書いてあるので過去の楽器とは違う存在だったという認識はあったようです。昭和9年に入手可能なランドフスカの盤はヘンデル「調子の好い鍛冶屋」モーツァルト「トルコ行進曲」「ドン・フアンのメヌエツト」 ラモー「タムブラン」 ダカン「郭公」の2枚から始まり、バッハ「ファンタジアハ短調」「イギリス組曲ホ短調」、スカルラッティ「奏鳴曲第9番田園」 クープラン「恋の鶯」 バッハ「ゴールドベルヒ変奏曲」という順番に発売されたとのこと。

Disque17最後に海外で発売されてまだ間もないバッハ「ゴールドベルヒ変奏曲」の楽譜入りでの詳しい楽曲解説が。このランドフスカによって200年振りに蘇ったバッハの秘曲に対する熱い期待を感じさせられる9ページの大作となっており、中には「原標題が示す如くこれは二つの鍵盤を有するクラヴサンの為めに書かれたものであって(中略)この事実は左右両手が交叉する急速なPassegeの部分が現代のピアノを以ってしては演奏不可能であることを察するに難くない」との文章も。 昭和9年、日本音楽界のトップ陣が総力を挙げてランドフスカとチェンバロの特集を組んでいたことには本当に驚かされます。当時一部でチェンバロ演奏の盤が結構愛聴されていたのは間違いないでしょう。

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